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千葉地方裁判所 昭和33年(ワ)352号 判決 1960年1月30日

原告(参加被告) 有限会社大成商事

参加原告 株式会社新妻商店

被告(参加被告) 茂原市

主文

被告は参加原告に対し金五三万七二〇七円およびこれに対する昭和三三年五月一九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

参加原告と原告との間において、原告が被告に対し本訴をもつて請求している金四〇万円の請負代金債権は参加原告に帰属するものであることを確認する。

参加原告の被告に対するその余の請求は棄却する。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その二を参加原告その余を原、被告折半の負担とする。

本判決は第一項に限り参加原告において金一五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金四〇万円およびこれに対する昭和三三年五月一九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として「訴外土木建築請負業者松村勝雄は昭和三二年一一月一日被告の注文により茂原市立富士見中学校増築工事を請負い、直ちに工事に着手した。右請負契約において、請負代金は金一八四万円、工事完成は契約の日から九二日以内、代金支払は上棟期二分の一、工事完成期二分の一と定められていた。松村は昭和三二年一二月一四日上棟して被告から金九〇万円の支払を受けたが、昭和三三年三月中、資金不足のため工事続行が不可能になつたので、同年四月一六日被告との間に右請負契約を合意解約して未完成のままの物件を被告に引き渡し、被告は工事完成の割合に応じた残代金四五万七二〇七円を松村に支払うことを約した。これよりさき松村は昭和三三年二月一一日被告に請求し得べき請負代金残額中金四〇万円の債権を原告に譲渡し、同月二八日被告に到達した内容証明郵便をもつて債権譲渡の通知をした。よつて原告は右債権の譲受人として被告に対し金四〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三三年五月一九日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。」と述べ、

参加原告の請求に対し、請求棄却の判決を求め、答弁として「参加原告主張の事実については被告の参加原告に対する答弁を援用する。なお被告の収入役石原了一が参加原告主張の債権譲渡を承認する権限を有していたとしても、確定日附ある証書としての要件は、民法施行法第五条の五号により「公署に於て私署証書に或る事項を記入し之に日附を記載」することにあるところ、これは公署における公法上の行為を意味し、本件のように私法上の債務者としての行為はこの要件に当らないことが明らかである。訴外松村勝雄と原告との間の債権譲渡については、譲渡人たる松村から被告に対し確定日附ある証書(内容証明郵便)をもつて通知してあるから、参加原告はその債権譲渡をもつて原告に対抗することはできない。」と述べた。

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告主張の請求原因事実はすべて認める。」と述べ、参加原告に対し「参加原告の請求を棄却する。訴訟費用中参加原告と被告との間に生じた分は参加原告の負担とする。」との判決を求め、参加原告に対する答弁として「事実関係については被告において認めた原告主張の請求原因事実を援用する。ただし被告が昭和三二年一二月一四日訴外松村に交付した金九〇万円のうち金四〇万円は同月一七日松村を通じて参加原告に支払われたものである。富士見中学校増築工事を請負つたのは訴外松村勝雄であつて、有限会社松村建設ではないから、参加原告が同会社から請負代金債権を譲り受けたとしても、右は架空債権の譲渡に帰し、何ら被告を拘束するものでない。昭和三二年一一月一三日参加原告が持参した債権譲渡契約書に被告茂原市の収入役石原了一がその日の日附と、これを承認する旨の奥書を付して署名し、その名下に収入役の職印を押捺したことはあるが、右承認行為は収入役の権限外の行為であり、又あらかじめ被告の委任した事項でもないので無效である。そうでないとしても右収入役石原は訴外松村勝雄と有限会社松村建設とを混同し、錯誤によつて右行為をしたものであるから承認は無効である。参加原告主張の書面による催告がその主張の日被告に到達したことは認めるが、その他参加原告の法律上の見解については争う。」と述べ、抗弁として「仮に富士見中学校増築工事の請負人が有限会社松村建設であり、被告が債権譲渡を承諾したものであると認められるとしても、前記のとおり被告は昭和三二年一二月一七日訴外松村勝雄を通じて参加原告に金四〇万円を支払つたから、その限度で参加原告の被告に対する債権は消滅した。又被告が昭和三二年一二月一四日松村に第一期分工事代金として金九〇万円を支払つたのち参加原告は被告に対し『残金六〇万円を直接参加原告に支払つて貰えばよい』と述べて参加原告に譲渡された第一期分請負代金五〇万円ゆうち金四〇万円を参加原告が受領したことならびに残金一〇万円を被告が松村に支払つたことを承認した。」と述べた。

参加原告訴訟代理人は「被告は参加原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和三三年五月一九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。原告と参加原告との間において、原告が被告に対し本訴をもつて請求している金四〇万円の請負代金債権は参加原告に帰属するものであることを確認する。訴訟費用は原、被告の負担とする。」との判決ならびに金員支払の部分につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一  訴外有限会社松村建設は昭和三二年一一月一日被告の注文により富士見中学校増築工事を請負つたが、請負代金は金一八四万円、工事完成は契約の日から九二日以内、代金支払は上棟期二分の一、工事完成期二分の一との定めであつた(原告及び被告は松村勝雄が右工事を請負つたものであると主張するが、松村は、もと土木建築請負業者であつたけれども、昭和三二年九月二〇日有限会社松村建設と組織を改め、千葉県庁登録第五次ほ第一三九〇号をもつて土木建築業の届出をし、個人としては同時に土木建築業を廃しているのであつて、個人として請負契約をする筈はない。)。

二  参加原告は同年一一月一三日右訴外会社から同会社が被告に対して有する富士見中学校増築工事請負代金一八四万円の債権のうち金一〇〇万円(ただし上棟期に支払を受くべき分のうち金五〇万円および工事完成期に支払を受くべき分のうち金五〇万円)の譲渡を受け、訴外会社および参加原告は同日被告の収入役石原了一に対し債権譲渡契約書を示し、かつ副本を交付して債権譲渡の承諾を求めたところ、被告の収入役石原は被告を代表して異議を留めずにこれを承諾し、その際公署である被告の収入役石原は右書面にその日の日附と債権譲渡を承認する旨を記載して署名し、その名下に収入役の職印を押捺した。よつてこの債権譲渡の承諾は確定日附ある証書によつてなされたわけである。

三  しかして右請負工事は昭和三二年一二月中旬上棟、昭和三三年四月頃完成したので参加原告は被告に対し右譲受債権金一〇〇万円の支払請求権を有する。仮に前記富士見中学校増築工事の請負人が訴外会社でなく松村勝雄であつたとしても、訴外会社から参加原告への債権譲渡につき被告が異議を留めず承諾したことにより、被告は参加原告に対し新たなる債務を負担したことになる。何となれば、債権譲渡の承諾による債務の負担は、譲渡すべき債権の存否の問題でなく承諾者の債務負担の意思によるものだからである(大審院昭和六年一一月二一日判決、民集一〇巻一〇八六頁参照)。参加原告は昭和三三年五月一一日被告に到達した書面をもつて右譲受債権金一〇〇万円を七日以内に支払うよう催告したが、被告が履行しないので、被告に対し金一〇〇万円およびこれに対する催告期限の翌日である昭和三三年五月一九日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  訴外有限会社松村建設が被告に対する請負代金債権を原告と参加原告とに二重に譲渡したものであるとしても、参加原告は債権譲渡に関し昭和三二年一一月一三日被告の確定日附ある証書による承諾を得ているから、昭和三三年二月二八日被告に到達した内容証明郵便により債権譲渡の通知をしたと主張する原告に対し、これをもつて対抗することができる。すなわち原告が本訴をもつて訴求している金四〇万円の債権は参加原告に帰属するものであるから、これが確認を求める。

と述べ、被告の抗弁に対し「参加原告が昭和三二年一二月一七日松村勝雄から金四〇万円を受取つたことは認めるが、右は参加原告が被告に対して有する金一〇〇万円の債権の弁済として受領したものではない。その余の事実は否認する。」と述べた。

(立証)

原告訴訟代理人は甲第一号証ないし第四号証を提出し、証人中村年秀の証言を援用し、乙号各証ならびに丙第一号証ないし第四号証の成立および丙第六号証の郵便官署作成部分の成立を認め、丙第五号証の一、二及び丙第六号証のその余の部分の各成立は知らない、と述べた。

被告指定代理人は乙第一号証ないし第七号証、第八号証の一、二、第九号証を提出し、甲第一号証ないし第三号証、丙第一号証ないし第四号証および丙第六号証の郵便官署作成部分の成立を認め、その余の甲号各証ならびに丙第五号証の一、二および丙第六号証のその余の部分の成立は知らないと述べた。

参加原告訴訟代理人は丙第一号証ないし第四号証、第五号証の一、二、第六号証を提出し、証人石原了一、松村勝雄の各証言および参加原告代表者新妻六郎本人尋問の結果ならびに千葉県土木部に対する調査嘱託の回答を援用し、甲号各証及び乙号各証の成立を認めた。

理由

昭和三二年一一月一日訴外松村勝雄ないし有限会社松村建設(この点は後の説明により自ら明らかとなる。)が被告の注文により茂原市立富士見中学校増築工事を、請負代金一八四万円、工事完成は契約の日から九二日以内、代金支払期は上棟期二分の一、工事完成期二分の一の約定で請負つたこと、被告の収入役石原了一が昭和三二年一一月一三日参加原告から、有限会社松村建設が被告に対して有する富士見中学校増築工事請負代金一八四万円の債権のうち金一〇〇万円(ただし上棟期に支払を受くべき分のうち金五〇万円および工事完成期に支払を受くべき分のうち金五〇万円)を参加原告に譲渡する旨を記載した債権譲渡契約書を呈示され、右書面にその日の日附と債権譲渡を承認する旨を記載して署名し、その名下に収入役の職印を押捺したこと、参加原告が被告に対し昭和三三年五月一一日被告に到達した書面をもつて右譲受債権金一〇〇万円を七日以内に支払うよう催告したこと、はいずれも各当事者間に争いがない。

よつて本件の事実関係について考察するに、前記当事者間に争いのない事実に成立に争いのない甲第一号証ないし第三号証、乙第一号証ないし第七号証、第八号証の一、二、第九号証、丙第一号証ないし第四号証、参加原告代表者新妻六郎本人尋問の結果により真正に成立したものと認め得る甲第四号証、丙第五号証の一、二、証人石原了一の証言により真正に成立したものと認め得る丙第六号証、証人石原了一、松村勝雄、中村年秀の各証言、参加原告代表者新妻六郎本人尋問の結果および千葉県土木部に対する調査嘱託の回答ならびに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると

(一)  訴外松村勝雄は昭和二七、八年頃から茂原市において他人の建設業者登録名義を借用して建設業を営んできたが、昭和三一年一〇月一日松村建設工業所という名称で千葉県知事(に)第一二八六号をもつて建設業者登録(有効期間昭和三三年九月三〇日まで)を受けた。松村は更に右個人営業をそのまま会社組織に改めることを企図し、社員は自己の使用人等三名、資本金は一〇〇万円、みずからはその代表取締役となり有限会社松村建設(本店所在地は松村の住所と同じ)を設立し、昭和三二年八月三〇日設立登記を了した。しかして有限会社松村建設として同年九月二〇日千葉県知事(ほ)第一三九〇号をもつて建設業者登録を受けたが、個人営業のときも会社となつてからも従業員は同一であり営業の形態にもかわりはなかつたし、松村自身も個人と会社とを全く区別して考えていなかつた。

(二)  茂原市立富士見中学校増築工事の請負契約においては請負人として松村個人が署名した請負契約書(乙第一号証)が作成され意思表示としては松村個人が契約の当事者となつていたが、松村は内心においては右工事を個人として請負つたものであるか会社として請負つたものであるかについて明確な意識を有していなかつた。ところで松村は有限会社松村建設という名前で、右工事の建築用材を金一〇〇万円の限度において参加原告から購入することとし、その代金支払の担保として昭和三二年一一月一三日有限会社松村建設として被告に対して有する請負代金債権中第一期支払分から金五〇万円、第二期支払分から金五〇万円、合計金一〇〇万円を参加原告に譲渡し、同日その旨を記載した債権譲渡契約書二通(丙第一号証はそのうちの一通である。)およびその副本一通(乙第一号証)を作成して参加原告代表者新妻六郎とともに茂原市役所に持参し、被告茂原市の収入役石原了一に面接して債権譲渡の事実を告げ承認を求めた。石原は右各書面の末尾に「右承認致しました。昭和三十二年十一月十三日茂原市収入役石原了一」と自署し、正本には収入役の職印を押捺して返戻し、副本は手許にとどめた。

(三)  かくして参加原告は有限会社松村建設に対し同年一二月末日までの間に合計代金一〇三万〇〇三七円の建築用材を売り渡し、富士見中学校増築工事はこれらの資材により同年一二月中旬頃上棟された。そこで松村は被告に請負代金第一期分の支払を求め、石原収入役に対し参加原告に譲渡した第一期分のうち金五〇万円は自分の方から間違いなく参加原告に支払うというので、石原はこれを信用して同月一四日第一期分として金九〇万円を松村に交付した。松村はその頃使者をもつて右金員のうちから金四〇万円を参加原告に支払つたが、残金一〇万円は支払わなかつたので参加原告から被告に対し不足金一〇万円の支払を求めたところ、石原は第二期分の支払のとき金六〇万円を直接参加原告に支払うからと述べて諒承を求め、参加原告も一応これを納得した。

(四)  一方松村は原告から昭和三二年一二月中に金二〇万円、昭和三三年一月中に金二〇万円、合計金四〇万円を、いずれも被告に対する請負代金債権を引当として借り受けたが、原告は昭和三三年二月初め頃被告の収入役石原了一に松村の債権の存否を確かめたところ、請負代金一八四万円のうち金一〇〇万円は参加原告に譲渡されていて、金五〇万円は松村に支払ずみであり、松村に支払われるべき請負代金残額は金三四万円であるとのことであつたから、同年二月一二日付で有限会社松村建設から原告へ、右会社の被告に対する請負代金債権のうち金三四万円を前記借入金の担保として譲渡する旨を記載した書面の作成を受け、これを石原のもとに持参して承認を求めた。石原は右書面の末尾に「右の債権譲渡を承認する。昭和三十三年二月十三日茂原市収入役石原了一」と記載して押印した。その後原告は松村に対する債権取立について弁護士笠原忠太の意見を求めたところ、同弁護士の見解としては、債権譲渡証書に被告の収入役が日附を記載しても確定日附となし難いということであつたので、改めて松村から原告に対し被告に対して有する請負工事代金残額中金四〇万円を譲渡し、同年二月二七日附内容証明郵便をもつて被告にその旨を通知し、右郵便は翌二八日被告に到達した。

(五)  しかるに松村はその頃資金不足のため請負工事の続行が不可能となつたので、同年四月中松村と被告との間で、請負契約を合意解約して松村は未完成のままの物件を被告に引き渡し、被告は工事の出来高を査定したうえその割合に応じて残代金四五万七二〇七円を松村に支払うことを約した。

との各事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

前記の事実によれば、昭和三二年一一月当時、松村勝雄も有限会社松村建設も、ともに建設業者登録を有してはいたけれども、その営業所、従業員等は同一であり、計算関係も全く区別されておらず、松村自身も会社と個人とが同一であると考えていた程であるから、営業に固有な事実関係(得意先関係、仕入関係、契約の機会、営業上の秘訣、経営の組織など)および独立の経済単位としての企業は一個であつて、それが外部に対して或は松村個人として、或は有限会社松村建設として顕現していたものといわなければならない。もとより個人と会社とは法律上別個の人格であるけれども、法人格なるものは、法律生活および営業生活において、一定の正当な目的を達することを得しめるため特に法により賦与せられるものであり、公共の便益のため、かつ正義の目的に役立つためにのみ認められるものであつて、もし法人格がこれを賦与した理由と政策とを逸脱して利用されるならば、それは一種の権利濫用として裁判所によりその法人格は否認されなければならない。本件請負工事に関し、松村は個人の名称と有限会社松村建設の名称とを混用していたのであり、個人と会社との間に下請契約ないしは請負代金債権譲渡等の存することは前示の事実関係から到底これを認めることができないのであるから、松村が昭和三二年一一月一三日有限会社松村建設の名称をもつてなした参加原告に対する請負代金債権の譲渡及びこれによる建築用木材の購入は会社なる法形態の悪用であり、法が認める法人格賦与の目的を逸脱しているものというべく、このような場合は右取引関係に関する限り、会社の法形態を排除し、その背後にある実体をとらえて、法人格あるところに法人格なきと同様の法律的取扱をしなければならないと考える。従つて参加原告に対する前記債権譲渡は、その使用した名称の如何にかかわらず、松村個人の債権を譲渡する松村個人の行為としての効力を有するものと解するのを相当とする。もつともこのような法人格否認の法理が第三者に対する関係においても貫けるかどうかは第三者の利害関係をも考慮したうえで定めなければならない問題であるが、本件においては、原告が松村に対する貸金の担保として松村の被告に対する請負代金債権を譲り受けたのは参加原告が債権を譲り受けたときよりものちであつて、しかも原告は右請負代金債権のうち金一〇〇万円が参加原告に譲渡されたことを承知し、当初はその残額金三四万円の譲渡をもつて満足していたのであることから考えれば、建築用材一〇三万〇〇三七円を供給した参加原告のため、前記法人格否認の法理を適用することは、第三者たる原告において、これを忍ばなければならないものといわなくてはならない。

前叙のとおりであるから、松村は参加原告に対し、自己が被告に対して有する請負代金債権中上棟期に支払を受くべき金五〇万円、完成期に支払を受くべき金五〇万円、合計金一〇〇万円の債権を譲渡したものであり(参加原告の請求しているのは、ひつきようこの債権である。)、原告に対して金四〇万円の債権を譲渡したものであるところ、松村は上棟後請負代金の二分の一金九二万円のうち金九〇万円を受領したのち工事を中止し、被告との間に請負契約を合意解約して工事出来高に応じ残額金四五万七二〇七円の受取債権を有するのみとなつたので結局松村は債権の二重譲渡をしたことになる。よつて、いずれの譲渡が先に第三者に対する対抗要件を具え、優先するかが本件においては問題になる(参加原告は、被告が債権譲渡につき異議を留めず承諾したから、松村において請負工事を完成しなくても、譲渡された債権額の範囲内においては請負代金債権が存在すると同一の効果が生ずるとの趣旨の主張をしている。もとより請負代金債権のように或る仕事の完成という将来の事実によつて債権が確定するものにあつても、その基本たる契約が成立している以上報酬請求債権の譲渡は可能であるが、仕事完成義務の履行がないため債権が確定しない場合は、たとえ債権譲渡につき債務者が異議を留めずして承諾しても、債権が未確定であることは譲受人も承知しているのであるから、異議を留めない承諾の公信力をここまで及ばせることは適当でなく、譲受人に対する関係で債権が確定したと同一の効果の発生を認めることはできない。)。

そこで債権譲渡の対抗要件の存否について考えるのに、被告茂原市の収入役石原了一が昭和三二年一一月一三日参加原告代表者新妻六郎と松村勝雄とが持参した前掲債権譲渡契約書の末尾に「右承認致しました」との文言を記載したうえ同日の日附を記載し署名押印したものであることは前示のとおりであるところ、被告は収入役には債権譲渡を承認する権限はないと主張しているから、この点を先ず考察する。

市を代表する権限を有するものは市長であつて、市の収入役はその一般の代表権を有するものではなく、単に市長の補助機関としてその指揮監督を受けるものにすぎず、又会計事務についても市長の監督を受け、その収入支出の命令を受けて執行をするものであることはいうまでもない。しかしながら地方自治法第一四九条第四号、第一六八条、第一六九条、第一七〇条、第二三二条第二項等の規定に照らすと、その収入支出の執行については市の収入役は市長に対して独立の権限を有するものであることを認め得るから、新たな債務を負担する行為でない限り、右収入・支出の執行に関しては市の収入役は市の代表権をも有するものと解するのを相当とする。ところで債権譲渡の対抗要件としては債務者に対する通知又は債務者の承諾があり、かつ債務者の承諾には異議を留めないものと異議を留めたものとあり、しかして異議を留めた承諾はその効力において通知と同様のものであるところ、異議を留めない承諾は債務者の譲渡人に対抗しうる事由を以て譲受人に対抗しえないこととなる効果をもつものであるから、結果的には新たな債務負担行為と同様の効果をもつ場合がありうる。したがつてこれを収入役の権限について言えば、債務者たる市の収入役は通知を受ける権限乃至は異議を留めた承諾をする権限はこれを有するが、異議を留めない承諾をする権限はこれを有しないことが明らかである。しかしながら収入役が市を代表して異議を留めない承諾をしたときこれを全然無効と解すべきや又はそれに異議を留めた承諾としての効力を認むべきやは問題であるが、後のように解するのが相当である。すなわちこれを本件についてみれば、参加原告を譲受人とする前示債権譲渡契約書の末尾にある文言には別段異議を留めた跡がみられないから結局これは異議を留めない承諾ということになるが、右に異議を留めた承諾としての効力を認むべく結局松村から参加原告に対する本件債権譲渡に関し、被告から適法かつ有効な承諾(異議を留めた)がなされたものと言わなければならない。次に右収入役石原了一が私署証書である本件債権譲渡契約書に「承認」の文言のほかに日附を記載したことが確定日附となるかどうかについて考えるに、公署である被告茂原市の収入役がその日附を記載した以上、その日附の記載は民法施行法第五条第五号にいう公署の記載した日附ということができるから、これをもつて確定日附といわなければならず、被告茂原市が本件請負契約の当事者であることは右認定の妨げとなすに足りない。従つて参加原告は原告に先だつて確定日附のある証書で譲渡の承諾を受けたことになり、原告に優先して債権を保有することができるものといわなければならない。

そこで参加原告の被告に対する債権の存否について考えるのに、参加原告は譲受債権につき上棟期支払分金五〇万円のうち金四〇万円は松村を通じて支払を受けているのであるが、当期支払分として請負代金の二分の一に相当する金九二万円(ただし現実に支払われたのは金九〇万円)については上棟により債権が確定しているにもかかわらず、被告はなお金一〇万円を参加原告に支払つていないことになる。この点につき被告は、工事完成期に支払うべき金六〇万円を参加原告に直接支払うこととして参加原告の承諾を得たと抗弁するが、右は松村が工事を完成して工事代金が完全に支払われ、参加原告が自己の債権六〇万円の完済を得たならば被告の右所為を宥恕するというにあることは前段認定の事実関係と本件口頭弁論の全趣旨により推認し得るところであるから、被告の右抗弁は採用できない。

しかしながら被告が松村との間の請負契約合意解約後出来高に応じて松村に支払うべく約定した残代金四五万七二〇七円のうちには、第一期分の未払金二万円が含まれていることは前段までの説示により明らかであるから、右は参加原告に対する譲渡債権中第一期分の未払金一〇万円のうちに含まれることとなり、参加原告に対する関係では第二期分の残代金債権の分は金四三万七二〇七円となるわけである。よつて被告は参加原告に対しその譲受債権中第一期分の未払金一〇万円と請負契約解約後出来高に応じて松村に支払うべき残代金四五万七二〇七円のうち第一回の未払金に含まれるべき金二万円を差し引いた金四三万七二〇七円との合計金五三万七二〇七円およびこれに対する催告期限の翌日である昭和三三年五月一九日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告が本訴において被告に請求している金四〇万円の請負代金債権は参加原告に帰属することが明らかであつて、この点についての確認の利益も存するから参加原告の請求はこの限度において正当としてこれを認容し、参加原告のその余の請求及び原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内田初太郎 田中恒朗 遠藤誠)

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